作品記録『木に花咲く』 2017年1月26日

演劇の上演をなるべく言葉にしたい。重要なことは稽古や思考の振り返りではなく、作品の言語化。 今回とくに私は感覚的に作ったため、上演に対しての言語化が拙かった。反芻する場にしたいと思う。 『木に花咲く』記録写真 撮影:吉原洋一 <『木に花咲く』は一体なにを作りたかったのか> ”別役実”を演劇に立ち上げたかった。家族と老い、暴力はその次だった。 別役実が描く戯曲にはイヨネスコのように劇中に姿として現れることはないが、彼の時に冷たく、時に熱い眼差しが存在している。それは彼の書いたセリフの中から読み取れる。 たとえば、冒頭。 満開の桜が一本。その下にむしろを敷いて、白髪の老婆がひとり、朱塗りの膳部を前にして酒を飲んでいる。やや離れて上手に、大きな洋服ダンスがひとつ、ほとんど関係なさそうに置いてある。≪さくら、さくら≫の曲が流れ、桜の花びらがしきりに舞う……。 老婆 いいおひより……。まるで全世界が発狂したようにのどか……。ヨシオ、そうだよ……。お前は病気だよ……。私には前からわかっていた……。お前の脳ミソは白くて、やわらかくて、ほんのちょっとした風にもおびえてふるえた……。(以下、略) 坂口安吾の『桜の森満開の下』を彷彿とする異様な春の下、まるで守られたように存在する老婆。老婆による孫への明らかな執着が言葉遣い、調子から読み取れる。その饒舌な語感は心地よく聞こえるが、「全世界」や「脳ミソ」などその言葉にはやや行き過ぎた感がある。 また、老婆の傍にある今後親子が出入りするタンスは「ほとんど関係なさそうに」という、妙に人臭く冷たい距離を保ち、老婆のなすこと全てを見ているかのように置か

蜂巣ももの演出について 触知された世界から〈傷〉の秘密へ

この文章を書いている時点で、ぼくは稽古を何度かのぞき、通しを一度だけ見ている。 期間としては十月から三ヶ月程度。蜂巣もも、そしてハチス企画を見ていく中で、脳裏によぎったいくつかのイメージを書き留めてみたい。 『水』。初めて蜂巣ももの演出作品を目にした時。カゲヤマ気象台が筆を執り、蜂巣が演出をしたその作品は水の底に引きずり込まれ溺れていくような時間を感じさせた。 「時間」というのは不思議な言葉だ。時計で測ることの出来る「時間」がある一方で、計測不可能な「時間」がある。深夜の夜勤労働で意識をシャットアウトしようとする脳みそに抗ってなんとか目を開けていようとする時、その苦痛に耐え続ける時間は、長い。夜勤労働の賃金が割増されるのは、眠らない時間の苦痛を感じ続けることが仕事だからだ。蜂巣作品に出てくる俳優たちも、これと似たような仕事をしているように見える。社会学者の岸政彦が書いた『断片的なものの社会学』から引く。 「肉体を売る仕事とは、感覚を売る仕事であり、そして、感覚を売る仕事とは、「その感覚を意識の内部で感じ続ける時間」を売る仕事でもあるのかもしれない、と思う。」(※1) 蜂巣の作品が捉えている時間とは、プロット的に整理された時間でもなければ、俳優の心理が読み取れるように仕組まれた時間でもない。むしろ、「ある感覚を感じ続ける彼/彼女(俳優)」から生じていく極めて身体的な時間であるように思える。 演出家には作品を創作することと並行して、稽古場を組織・運営する役割が与えられることが多い。その方法は人それぞれであるが、ミニフォーラムに出演していただくということで拝見した柴幸男氏と玉城大祐氏

approach No.4 植浦菜保子ー俳優のアプローチ

approach No.4 植浦菜保子ー俳優のアプローチ 聞き手:渋革まろん 日  :2016年12月21日(水) あえて、こう問うてみたい。役者とは何だろうか? こうした本質論は実りのない空論で終わるものだけれど、植浦さんの抱く「役者像」を聞くと、単に「役を演じる」だけじゃない役者の姿が浮かび上がってくるようです。 植浦さんは『木に花咲く』メンバーの中でも、最初期の『授業』からハチス企画に関わってきました。 そうした時間の中で、演出家と俳優のあいだに「良い関係」が生まれた時、演出も作品も俳優も・・・・・・その関係でしか生まれない、そして彼/彼女にしか出来ないパフォーマンスを発揮して、観客の心を動かすのかもしれません。 このインタビューには、植浦さんと蜂巣さんが関係していく中で培われてきた多くの発見が散りばめられています。 一緒になって彼女らの《発見》を楽しんでください。 無隣館若手自主企画vol.1 ハチス企画『授業』 右:石川彰子(青年団)、左:植浦菜保子 (撮影;宮石悠平) ■直角に曲がる 植浦さんが演劇に関わるようになったきっかけを教えてください。 演劇をやるために、2011年4月に大阪から上京してきました。 4月から一年間、演劇学校に通って、一年間フリーでやった後、無隣館に入って。 演劇を大学入るときには見たこともないし、演劇学部も聞いたことがない、くらいの人で・・・・・・よく「芝居をはじめたきっかけは?」って聞かれるんですけど、具体的になんでだったのかあまり覚えてないんですよね。 私は幼児教育学部にいて、人間とか家族には興味があったんです。最初は海外で働こうかなと思

approach No.3 渡邊織音ー舞台美術家のアプローチ②

②舞台美術へのアプローチ篇 『木に花咲く』美術案;渡邊織音 ■『水』/呼応する空間 織音さんの経歴から感じたポイントが二つあります。 その場に働きかけて、そこにいる人達がアクションを起こしていく環境を作っていくこと。 もう一つが、とにかく行くところ。行って思う。これはすごいですよ。 こういう経験が舞台美術に活きているところってありますか? 『水』のときは、今までインスタレーションをやっていた経験だけで突入したので、どうしたらいいのか手探り状態で。とりあえず出れるときはなるべく稽古は見ようっていうスタンスで関わった。 その中で、蜂巣さんしか持ち得ないだろうあの動きの演出とか、串尾くんが持つ動きとか、そういうのに呼応できるような空間を目指したんですね。 結果的に、メッシュ状のものを積層させた彫刻みたいなものを置いたんですけど。 「呼応する」というのは、どういうことでしょうか? 役者は稽古していく中で、迷うわけじゃないですか。どういうスタンスでいればいいのか、とか。そういうリアルな内面の動きが僕には面白くて。 例えば『水』のときの抽象的な動きは、普段使わない動きじゃないですか。あれが目の前に立ちはだかった時に、ああいうダイナミックな動きに対するスタティックな部分、内面で動いている核になりそうな部分が気になって、読み解きたいと思ったんです。 自然の中で、風が吹いたり、水が静かに滴り落ちたり、ちょっと静電気が起きたりするように、微妙に起こっている内面の動き。 だから、向こうが動いたらこっちも動くじゃなくて、向こうが動くからこっちは静止している。 ダイナミックな動きに対して静止するものを対

approach No.3 渡邊織音ー舞台美術家のアプローチ①

approach No.3 渡邊織音ー舞台美術家のアプローチ 聞き手:渋革まろん 日  :2016年12月20日(火) 渡邊織音(わたなべ・しきね)さんの経歴は多少複雑だ。 学部+修士で6年大学に通う。のではなく、その間にヨーロッパ遊学とメキシコ留学休学と、3.11後の休学を挟み、いつの間にか7年が経つ。彼は、とりあえず動く、動いた先で目の当たりにした「それ」について、底知れぬ好奇心で「問いかける」。 手がける舞台美術にも、そうした感覚が抑えがたく発揮されているように思えます。織音さんの舞台美術に対するアプローチは、戯曲の解釈や舞台の状況を説明していくようなものではなく、舞台の《いま・ここ》に私たちへの「問いかけ」を投げ出すようにして編まれていくのです。 密度の濃いインタビューになりました。お付き合いください。 『木に花咲く』美術案のためのスケッチ;渡邊織音 ①渡邊織音の経歴篇 ■ 変なものが出来てしまう 最初に、織音さんがこれまで何をやってきたのか、そういう経歴についてお伺いしたいと思います。早速ですが、本職について教えてください。 本職は建築設計で、意匠ではなくて構造という分野。 建物の構造計算をしたり図面を描いたり現場に行ったりしながら過ごしています。 大学で建築を学ばれたんですか? 2006年に大学に入って、7年いたんですよね。何度か休学を挟んでいるので。 正直、学生時代はそんなに勉強してなくて、構造設計については、働き始めてから勉強している感じです。 舞台美術を手がけるのは、蜂巣さんが演出した『水』に続いて2回目ということですが、学生時代にはアートワークに関わるよ

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