利賀演劇人コンクール出場・上演作品​

"冒した者”

 

2018年製作 / 0:45 min

作 三好十郎 

​演出 蜂巣もも​(グループ・野原)

出演:​串尾一輝、岩井由紀子(以上、グループ・野原/青年団)、小田原直也、田中孝史、藤瀬典子(青年団)、堀内萌(キリグス)

舞台監督:河村竜也(青年団、ホエイ)

美術:渡邊織音(グループ・野原)

美術アドバイザー:SAMPO Inc.

照明:伊藤泰行(真昼)

音楽:額田大志(ヌトミック、東京塩麹)

音響:櫻内憧海(お布団)

衣装:原田つむぎ(東京デスロック)

場所:利賀芸術公園内岩舞台

✦演出ノート

『冒した者』に描かれる時間、人物像は敗戦直後の日本の縮図だと思う。

戦争、人を殺すということが何だったのか、暴力という権力を周囲の者はいかなる権力に頼ろうとするか、科学、財産、性深みのある形で相関関係を成して描かれている。

この戯曲を通じて、戦後の活気、それに通底する敗戦とは何か考える契機にしたい、また人々の暮らしの営みにまですり合わせ、上演を行いたいと考えた。

☆参考文献

・加藤典洋『敗戦後論』『敗者の想像力』

→敗戦を経て経験したことは何だったのか。

自分たちが正しいと思っていたことに「正解」はないと認めざるをえないこと、その上で戦時中に亡くなった者たちから守られ、生きていたはずが、その人々を否定して生きていかなければならない「ねじれ」の中に生き続けることが「敗戦」を経験することだ、という書き出しから始まる『敗戦後論』は思想の左右なく、今現在まで日本の抱える負債を誠実に厳しく問うもので、転向の経験がある三好十郎の自身や社会への懐疑を現代に置き換える契機になった。

・白井聡『「戦後」の墓碑銘』

・大江健三郎『死者の奢り』『人間の羊』

 

 

 

殺人者である須永や、それと主に対話し観客との間を行き来する「私」ではなく、住人にフォーカスするために、バスケットボールの試合と休憩時間を利用した作品構成を行った。

バスケットボールは、ボールを巡って体で攻防を行う様とドリブルで地面を揺すること、左右(ゴール)へのベクトルが『冒した者』の身体性にそぐうこと、また現代と接合するためにアメリカへの意識を投影出来ないか。また、「運動(体育)」のような大きなルールが敷かれた中から、住人の邸宅の利権を通じた「活動」にまで昇華したい。

劇中では、車/モバイルハウスを使用する。

モバイルハウスとは、SAMPOという新進気鋭の新しい家・都市を提案するグループの1つの建築物。

彼らは軽自動車に積んだ一畳半のスペースに住むことを提案している。特定の住所を持たないために、あらゆる所に住み、移住し、共同体を各所に作ることが出来るというもの。これを劇中で何度も問われる「第三の道」に見立てる。

車に住まうことは原点回帰かもしれない。危険も伴う。選挙権もない。生きるか死ぬかも分からぬが、縛られることもない。

 

☆テキストレジにあたって実践したこと

蜂巣がテキストレジについての方法を持ちえなかったため、出演者と以下のテーマを共有して実行しました。

 

・須永の痕跡を辿る、匂いを追う、証言する

 →目の見えないモモ、本当に生きているモモが主体の構成に。

 

・戦争で出来た穴、空虚、ツケを埋めるために

 →元々ダイアローグの構成のものをモノローグにし、それぞれが何を恐れ、何を嫌悪するのかがに焦点。

 

・強い者から弱い者へ。弱い者から強い者へ。[奪い合うスイッチ、祭り、スピード]

 →邸宅の住人が共同スペースとして使用する食堂を中心に食う者、食われる者を整理。

 

・震災以前と以降の時系列に当てはめ、一夜におさめる。

 →科学の犯しえる罪と対比される人間に焦点を充てる。原爆で目の見えなくなったモモを中心に。

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